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コマンドラインからこんにちは from 関島岳郎


2002年06月22日(土)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その1

 皆さん、お元気ですか?僕は今オーストリアのウィーンを
後にして、同じくオーストリアのヴェルスを目指して移動中
です。シカラムータのヨーロッパツアーは、2000年に1
か月半の長いツアー、2001年にロンドンで単発のライブ
をやりました。今年は6月19日から7月8日までの3週間
弱のツアーです。あまり長いのも大変なので、これくらいの
長さがちょうど良いでしょうか。さて、車の中には大熊、桜
井、坂本、吉田、関島のシカラムータのメンバーとマネージ
ャーのこぐれ。ハンドルを握るのは、ツアーをコーディネイ
トしてくれたイギリス人のポール・フィッシャー。23日の
アムステルダムまで同行してくれます。今乗っている車は以
前ツアーに使ったワゴンより若干大きく、大人7人と機材が
乗っても余裕なのですが、揺れがかなりあります。なかなか
文章を打つのも大変です。
 僕が成田空港をウィーンに発ったのが6月19日。別ツア
ーでスェーデンにいる大熊、坂本、吉田、こぐれはライブの
日にウィーンで合流することになっていて、バイオリンの太
田はアムステルダム以降の参加、よってギターの桜井と二人
だけでやって来ました。成田で飛行機に乗る前に、テューバ
の機内持ちこみでひと悶着。いつものことです。しかし、今
回は少し様子が違っていて、最近本当に機内持ち込みの制限
が強化されたので、行きの便は見逃すが帰りのヨーロッパか
らの便では絶対に持ちこめないだろうと言われてしまいまし
た。帰りのことを考えると、今から憂鬱です。僕のテューバ
は、エアバスやジャンボなら上の棚に乗るのですけれどね。
 ウィーンに着いたのが19日の夕方。主催者が手配してく
れたタクシーでホテルに入りました。西駅のすぐ前という便
利な場所にあるホテルです。チェックインの時、今日は二人
でダブルの部屋だが、明日はシングルになると言われました。
部屋に入ってみると天井が高く二人でもそれほど窮屈ではな
かったのですが、ベッドはダブル仕様。幸い分離できる型だ
ったので、ちょっと離しました。ヨーロッパでは気にしない
ようなのですが、男二人でダブルベッドというのは、あまり
気持ちの良いものでは無いと思うのですが、いかがでしょう
か。
 桜井と食事に行こうということになったのですが、ウィー
ンは初めてでどこが繁華街なのかもわかりません。そういえ
ば、おととし買った「地球の歩き方」を持って来ていたので、
ぱらぱらとウィーンの項をみると、食材市場を発見。そうだ、
うまくて安い店は市場のそばにあるに違いない。築地しかり、
札幌しかり、金沢しかり。というわけで、食材市場のナッシ
ュマルクトに行ってみました。ちなみに「地球の歩き方」は
常に最新刊を用意すべし、とは川口師匠の言葉。地下鉄でウ
ィーンの中心部に行き、オペラ座などを眺めつつ、ナッシュ
マルクトに着いたのが夜8時半頃。そこで気がつきました。
そういえば、築地の飲食店って昼くらいに閉まるよなあ。夜
8時を過ぎても昼間の明るさなので油断していました。ナッ
シュマルクトに着いてみると、飲食店の半分以上は閉まって
いるようでした。しかも、開いている店は「SUSHI」と
書いた看板を掲げた店が多い。それはちょっとなあと思い、
イタリアンフードの店らしきところに入りました。しかし、
店主に勧められたのはクスクス。どうやらチュニジア料理が
メインの店だったようです。とりあえずビールで乾杯して、
クスクスとピザを注文。この日のウィーンはかなり暑かった
のですが、屋外のテーブルで夕暮れ時の風に吹かれてビール
を飲むのは実に気持ちが良かったです。飛行機が早い時間だ
ったので前日寝ないで家を出て、かなり疲れていたのですが、
やっと落ち着きました。
 次の日の昼頃大熊、坂本、吉田、こぐれがスェーデンから
到着。ライブハウスの入りが16時なので、とりあえず一緒
に昼食を食べに出るが、なぜかギリシャ料理の店に。なぜウ
ィーンにきてチュニジア料理やギリシャ料理なのか。さて、
この日ライブをやったSZENEは東京で言えば渋谷クアト
ロくらいの大きさの小屋。特に決まったジャンルは無くいろ
いろな音楽のライブをやっている小屋のようです。ライブ前
に店のオーナーが「今日はあまり客が入らないと思うけど、
楽しくやろうよ。」と。おととしのツアーでは、ほとんどが
フェスティバルへの出演でライブハウスは少なかったのです
が、その数少ないライブハウスがかなりお客が入らなかった
のです。その記憶がよみがえりました。実際この日の入場者
数は20人弱。かなり客席はさびしかったです。しかし、数
少ないお客は楽しんでいってくれた様子。店のオーナーも気
に入ってくれたようです。なにしろ、チャージバックではな
い定ギャラで、ホテルも空港からのタクシーも店持ち。店と
しては大赤字でしょう。さらに楽屋の冷蔵庫にたくさんあっ
たビールは、帰りにはきれいに無くなっているありさま。太
っ腹のオーナーのためにも、いずれ雪辱戦を果たしたいとこ
ろです。ちなみに坂本は初日にしてチェロを壊す熱演。ひび
の入ったチェロを前に坂本は「ガムテープで直します。」
 先ほどアウトバーンのドライブインで、ワールドカップの
ドイツ・アメリカ戦を観戦。このあたりはドイツ文化圏なの
で、皆熱く応援しているかと思えば、余裕の表情。アメリカ
ごときに負けるとは思っていないのでしょう。ヴェルスまで
はウィーンから200km。今日の移動はかなり楽です。旅
はまだ始まったばかりですが、これからも折りをみつけて便
りを送ります。
 それでは、またお会いしましょう。
※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:43] 2002年06月22日(土) 09:33


2002年06月24日(月)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その2

 皆さん、 お元気ですか? 僕は今オーストリアのウェルズ
(昨日はヴェルスと書いてしまいました)を後にして、オラ
ンダのアイントホーヘンを目指しています。まだオーストリ
ア国内を走行中で、ドイツを抜けてオランダまでは気が遠く
なるほどの道のりです。
 昨日のウェルズの会場はSchlachthofという倉
庫のようなスペースでした。敷地の中に建物がいくつか並ん
でいて、町の若者のたまり場のような雰囲気です。オーナー
も気のいい人物。しかしここで大問題が。ドイツ盤を2枚リ
リースしているとはいえオーストリアでは無名のシカラムー
タのライブに、この田舎町でお客さんが集まるでしょうか。
案の上開演時刻の20時半になっても会場にはひとりも客が
いません。オーナー氏はライブは21時からにする、と。メ
ンバーは客がゼロだった場合、どうするのか心配し始めまし
た。やがて21時になっても会場には誰もいない。オーナー
氏はライブは21時半からにする、と。オーナー氏はまった
く心配する様子も無くにこにこしています。21時半ななっ
たところで楽屋に来て、あと15分待てと。オーナー氏、口
笛を吹きながらにこにこ歩いていて、ますます心配していな
い様子。21時50分頃、そろそろ始めてくれとオーナー氏。
会場に行くと、お客が10数人。あれ、どこから湧いてきた
んだ。最終的には昨日のウィーンより多かったような気がし
ます。オーナー氏が電話して集めてくれたのかなあ。店のス
ケジュール表で、5日後に渋さ知らズが出演するのを発見。
今回同じ時期にヨーロッパを回っているのですが、オースト
リアの田舎町のライブハウスのスケジュールに日本のバンド
が2つ並んで出ているのは不思議な気分です。
 今日は移動日なのですが、800kmは走るでしょうか。
今夜の宿は24時がチェックインの門限なので、それまでに
到着しなければなりません。朝8時前に宿を出て来ました。
今日はこちらの時間で朝8時半からワールドカップの韓国ス
ペイン戦があって、それをいかに見るかを坂本が考えました。
7:30に出発して、2時間走ったところでドライブインで
45分休憩して後半戦を見る。このあたりの段どりの組み方
は川口君を思い出します。ワールドカップ予選の日本戦とリ
ハがぶつかった時に、川口君が綿密なリハのタイムテーブル
を考えてきてくれましたから。片や人生一曲の音楽家、片や
人生がひとつの旅の旅人、共通項はあるでしょう。ただ、チ
ェックアウトに少し手間がかかり、坂本の設定時刻より出発
が遅れました。チェックアウトで電話を使ったことを申告し
たのですが、フロントのコンピューターに僕の電話の使用時
間が出ません。僕はメールの送受信に電話線を電話機から抜
いて使っていたのですが、どうやらそれだと使用しているこ
とが認識されないようなのです。桜井も僕と同様。フロント
のおばさんはどこかに電話をかけて文句を言ってから、僕と
桜井それぞれに5ユーロを請求。え、どこに何回かけたかも
聞かずに!5ユーロはかなり高いので、値下げ交渉をして、
2ユーロを置いてきました。それにしてもおおざっぱです。
 車はドイツ国境を越えました。先ほどドライブインで無事
ワールドカップの韓国スペイン戦を観戦。延長の後のPK戦
まで見てしまったので、少々休憩が長くなってしまいました。
それにしても今回のワールドカップを見て思うのですが、最
近のサッカーは本当に無法地帯です。相手選手をつかんだり、
蹴ったり、足を引っかけたり。それで審判からのおとがめは
無し。かつてサッカーは紳士のスポーツと言われていたと思
うのですが。攻撃的なのとルールを守らないのは違うでしょ
う。
 それでは、またお会いしましょう。
※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:44] 2002年06月24日(月) 11:39


2002年06月25日(火)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その3

 皆さん、お元気ですか?僕は今アムステルダムからアイン
トホーヘンに向けてオランダのフリーウェイを走っています。

 6月22日、ウェルズから長旅の末アイントホーヘンに着
いたのは夜の23時過ぎ。まず、今回のアイントホーヘンで
のライブをブッキングしてくれたアド・ペイネンベルグ氏宅
へ。おととしのツアーの時もお世話になった、アイントホー
ヘン在住のサックス奏者です。ひとしきり再会を喜び、そし
てアドさんが予約してくれたホテルに行きました。明日のラ
イブはアムステルダムなのですが、アムステルダムは宿が高
いのでアイントホーヘンで安宿を探してもらったのです。明
日アムステルダムに泊まった後、アイントホーヘンに戻って
2日間ライブの予定なので、それと同じ宿です。ホテルは1
階が居酒屋で、店内の小さなドアを開けて急な階段を登ると
2階と3階に数部屋ずつ客室のある小さな宿でした。部屋に
入るとベッドが二つと洗面台があるだけ。トイレとシャワー
は共同です。僕と桜井の泊まった部屋は3階で、天井が斜め
になっていて屋根裏部屋の雰囲気。繁華街の中なので、外の
喧騒が聞こえてきます。一番困ったのは電話が無いこと。つ
なげない!後で合流する太田以外の全員がパソコン持参で来
ています。皆電子メール無しで生きられないと言ってもよい
でしょう。そうか、ここにまた2泊。
 翌日アムステルダムへ。途中空港近くで、前夜にアムステ
ルダムに着いたバイオリンの太田と合流。これで今回のメン
バーが全員そろいました。この日はアムステルダム・ルーツ
ミュージックフェスティバルというイベント。ワールドミュ
ージック方面のイベントです。市内の大きな公園に数か所の
ステージがあって、出店も出ていてお祭りのような雰囲気で
した。家族連れのお客さんも多かったです。入場無料でした
から、たまたま公園に来ていた人もいるでしょう。シカラム
ータの演奏したステージは、特設の大きなテントの中。シカ
ラムータの前に演奏したのはChango Spasiuk Orquestaとい
うアルゼンチンのグループ。 シカラムータの次はDanyel
Waroというアフリカの人のグループ。どのグループにも、満
員のお客さんの反応はすごく良かったです。オーストリアの
ライブの動員がかなり低かったですから、やっぱりフェステ
ィバルはいいなあと思いました。演奏後は他のステージを回
り、トルコ音楽、レゲエ、メキシコ先住民の踊りなどをみま
した。
 ここまで書いて、アイントホーヘンに着いて、1日たって
しまいました。今アイントホーヘンのコインランドリーでこ
れを書いています。昨日のライブはBurgerというクラ
ブ。ディナータイムには老若男女の客で賑わっていましたか
ら、レストランなのかもしれません。ライブはお客さんの反
応も上々で、メンバーも楽しく演奏できました。ただ、店が
すごくけむたかったです。
 そういえば、昨日アムステルダムを発つ前に楽器屋のはし
ごをしたのですが、太田、坂本、桜井と歩いていたら、道を
行く人に「オー、シカラムータ!」と声をかけられました。
アムステルダムのフェスティバルでそれなりの印象は残すこ
とができたのでしょう。
 この便りはアドペイネンブルグ氏宅で送信させてもらうこ
とになると思うのですが、明日以降メールの送受信が出来な
くなるかもしれません。僕の使っているコンピュサーブのア
クセスポイントでニフティに乗り入れられるところが、減っ
ているのです。特にドイツのアクセスポイントは全滅です。
デンマークの宿は電話が無いらしいし、そうすると明日以降
まったくつなげなくなるかもしれません。やはりパソコン通
信は時代遅れなようです。次に来る時はノートパソコンを持
ってこないとだめか。
次がいつになるかわかりませんが、またお会いしましょう。
※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:45] 2002年06月25日(火) 21:20


2002年06月26日(水)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その4

 皆さん、お元気ですか?僕は今ケルンからデンマークのロ
スキルデを目指して、ドイツのアウトバーンを走行中です。
こちらに来てからずっと天気が良かったのですが、今日の空
はどんよりと曇って今にも雨が降りだしそうです。今日の移
動はおそらく900km以上、何とか降らずにいて欲しいも
のです。

 アイントホーヘンの2日目はKraaij&Balder
というお店。ちょっとアメリカのパブのような雰囲気の店で
す。2年前にもアド・ペイネンブルグ氏がブッキングしてく
れました。小さな店内には立ち見のお客さんもいて賑わって
いました。急なブッキングだったのですが、アドさんとお店
に感謝です。そういえば、アドさんは7月前半日本に来ます。
SIX WINDSというオランダ人4人、アメリカ人1人、
日本人1人のサックス六重奏のバンドです。ソプラニーノか
らバスまで使ったサウンドは、実に美しいです。興味のある
方はぜひ聴きに行ってみて下さい。たしか7月2日が新宿P
IT-INN。磔磔など関西方面も何本かあったと思います。
もしこの日記をu-shiのギャラ子さんが読んでいてくれたら、
栗関連に予定をアップしてくれるとよいのだけど。

 シカラムータのヨーロッパでのエージェントはドイツにあ
る音楽事務所で、そこがツアーを組んでくれます。ただ、そ
こがやってくれるのは、ブッキングしてくれるまで。あとは
ヨーロッパまでの移動やヨーロッパ内の移動、オフ日の宿の
確保など自力でやらなければなりません。ライブのある日の
宿は大体主催者がホテルを取ってくれるからいいのですが、
ドイツのエージェントのブッキングも毎日ライブで埋まって
いる訳ではありません。今回23日のアムステルダムのフェ
スティバルの後は28日のデンマークのロスキルデまで空い
ていました。そうすると、その間の宿泊費などの経費がばか
になりませんので、自分達でライブをブッキングする訳です。
ギャラは安くても、泊まりが確保できれば良い、と。今回は
24、25日のアイントホーヘンをアド氏にお願いしてブッ
キングしてもらいました。26日は、ドラムの吉田の紹介で、
LOFTというお店に出演しました。吉田達也氏はルインズ
等でヨーロッパのツアー経験が豊富で、各地に知り合いも多
いようです。今回初めて一緒にツアーをしましたが、実に旅
慣れた人だと思いました。

 アイントホーヘンからケルンまでは2時間と少し。LOF
Tはビルの4階にある明るいスペースでした。フリーミュー
ジックのライブが多いようですが、ピアノはスタインウェイ
のフルコン、マイクはノイマンやAKGの高級マイク、何と
なく普通のジャズクラブとは雰囲気が違います。今回ブッキ
ングでお世話になったケルン在住の日本人前田氏によると、
オーナーのハンス氏はケルン放送管弦楽団(だったか?)の
フルート奏者とのこと。他での稼ぎを投じてLOFTを維持
しているらしい。確かに儲からないでしょう、この日はチャ
ージを100%バックしてくれましたし。

 この日のお客さんは20人弱。日本を発つ直前にブッキン
グが決まったので、それにしては集まってくれた方でしょう。
前田氏が短い期間で宣伝してくれたようです。ライブ後、そ
れぞれの宿に。吉田、坂本は前田氏の家に、僕と桜井はオー
ナーのハンス氏宅へ、大熊、太田、こぐれはLOFTのスタ
ッフルームに泊まりました。僕は今回のツアーメンバーの中
で一番英語が下手、正直海外での民泊はあまり得意ではあり
ません。もともと口数の多い方では無いのに、非日本語圏の
人と接するとさらに口数が80%減、おそらく無気味な東洋
人と思われていることでしょう。海外で民泊した時はお礼に
自分のCDを置いて来るのですが、今回民泊を想定していな
かったのでおみやげのCDを持ってこなかったのが悔やまれ
ます。ケルン響のフルート奏者に栗コーダーを聴かせてみた
かったです。

 オランダでワールドカップ準決勝の韓国・ドイツ戦を見た
時のことですが、同じヨーロッパ、しかも隣の国でなのでオ
ランダ人はドイツを応援しているかと思っていました。しか
し、どうも皆韓国を応援しているのです。以前からオランダ
人は言葉の端々に反独感情があるような気がしていましたが、
やはりそのようです。これは隣の国故のライバル意識なのか、
それとも第二時世界大戦のしこりがまだ残っているのか。そ
ういえば、アンネ・フランクが隠れていたのは、アムステル
ダムだったなあ。

 車はまだケルンを出発して100kmほど。おそらくハン
ブルグまであと300km。さらに北上して、フェリーで海
峡を渡りデンマークへ。昨日ライブ後にお客さんに明日デン
マークのロスキルデまで車で行くと言ったら、皆びっくりし
ていました。昨日会った人達の話を総合すると12時間くら
いはかかりそうなのですが、どうなることでしょう。今日は
移動日で、明日はロスキルデのロックフェスティバル。北欧
最大のロックフェスティバルです。ロスキルデから声がかか
ったので今回のツアーが実現しました。

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:46] 2002年07月01日(月) 02:33


2002年06月29日(土)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その5

 皆さん、お元気ですか?僕は今デンマークのRoskil
deからドイツのGreifsWaldを目指して、デンマ
ークの高速道路を走っています。道の両側は見渡す限りの麦
畑、土地の起伏はまったくありません。何とも平らな国です。
 6月27日のRoskildeまでの移動は10時間半く
らい。予想より短い時間で、順調なドライブでした。途中フ
ェリーでデンマークへ。短い時間でしたが、船は良いです。
船内にはレストランやカフェ、免税店などがあり、ちょっと
した船旅の気分。船内ではユーロとデンマーク・クローネの
両方が使えました。

 Roskildeに着いて、まず宿へ。町の外、まわり一
面麦畑の中に宿はありました。どうやら農学校のようなもの
らしい。泊まった部屋は寄宿舎なのでしょうか、学生寮とい
った風情。テレビも電話もありません。雰囲気は悪くないの
ですが、これで一泊5000円はちょっと高いなあ。普通ラ
イブの日の宿は主催者が取ってくれますが、Roskild
eは宿も機材も自己負担。ギャラの中で工面しろということ
なのでしょうが、デンマークは物価がとにかく高いです。宿
を出て、食事をしに町に出たのですが、タイ料理屋でグリー
ンカレーが1800円。飲み物もデザートも高い。これは他
に覗いたレストランもそうだったので、全体に物価が高いの
でしょう。タイ料理屋の主人は、「フェスティバルの間は大
忙しだよ。」と笑いが止まらない様子でしたが。

 食事をした後、フェスティバルの会場にチェックイン。全
日有効のパスをもらいました。これはリストバンドの形をし
ていて、ポッチをはめて一度固定したら期間中つけっぱなし
にしていなければならないもの。はずすと再使用ができない
仕組みになっています。海外のフェスティバルはこのタイプ
のパスが多いです。僕はつけっぱなしがうっとおしいので半
固定の状態で使っていたら、この日の帰り際にゲートで注意
され、チェックインコーナーのようなところで固定させられ
てしまいました。会場への出入りの際に、リストバンドを引
っ張って固定してあるかチェックしているのです。このフェ
スティバルは全体にセキュリティーが相当厳しいようです。
しかし、セキュリティーの人に「君はフランス人か?」と何
度も聞かれたのはなぜだろう。ヨーロッパでは、英語を話さ
ないのはフランス人と決まっているのか。

 会場にチェックインした後、事務所で電話回線を借りて順
番にネットに接続。宿に電話が無かったからなのですが、た
ぶん変なやつらと思われたことでしょう。その後会場の中に
入ってみました。さすがに北欧最大のフェスティバルだけあ
って会場は広大で、会場内には6つのステージと無数の出店
や飲食店、テント村などがあります。メインステージではR
ammsteinというバンドが演奏していました。ボーカ
リストの服から火が出たり、ステージから5mほどの火柱が
上がったり、派手な演出で数万人の客を湧かせていました。
別のステージでやっているThe Chemical Bro
thersも見たかったのですが、長旅の後で時間も遅かっ
たので宿に戻りました。ドイツより北なだけあって、日が暮
れるのが遅く時間の感覚が狂ってしまいます。22時半頃で
夕方の雰囲気、24時頃でも西の空はうっすら明るいのです
から。

 翌日、シカラムータの出番は14時45分から。Ball
Roomという名前のテントが演奏会場でした。シカラムー
タの前に演奏していたのはアコーデオンのLelo Nik
aのグループ。バイオリン、ボタンアコーデオン、ツィンバ
ロン、ベースの4人編成のバルカンもの、ジプシーもののグ
ループですが、とにかくうまい。バイオリンもアコーデオン
も歌い方が絶妙で、特にアコーデオンで管楽器のような歌い
方をできる人を初めて聞いたような気がします。また、パー
カッションのたぐいが入っていないのに凄いグルーブ感です。
客席で見ていたのですが、お客さんも相当盛り上がっていて、
この次にやるのはなかなかやりにくいなと思いました。シカ
ラムータでも似た傾向の曲をやっていますし。 Lelo N
ikaの後、簡単なモニターチェックをしてシカラムータの
ステージ。時間がまだ早くてメインステージの催しが始まっ
ていないのも幸いしたのでしょう、5000人キャパのBa
llRoomは満員でした。音圧が高めの曲を中心に1時間
15分、ひさしぶりの大きなステージにテンションも高めの
演奏でした。小さいところは小さいところなりの面白さがあ
りますが、大きなステージはやはり気持ちが良いです。お客
さんも楽しんでくれたようでした。ただ、アンコールの「四
丁目」でアクシデントが起きました。坂本がチェロをマラカ
スのように振っていたら、エンドピンがチェロの中に入って
取れなくなってしまったのです。坂本のエンドピンはかなり
長めに作ってあるので、中で斜めに固定されてなかなか出て
来ません。しかもエンドピンの先端をやすりで削って尖らせ
てあるので、下手に動かすとボディに穴が開きます。実際す
でに2つほどボディ下部に穴が開いていました。このエンド
ピンを抜くのは相当大変だったようで、ガムテープや割りば
しを駆使してエンドピンを取ることができたのはこの数時間
後、病院でのライブの直前でした。

 ライブ後に楽屋で食事をしました。大きなフェスティバル
だけあって、メニューも充実。メインディッシュはビーフス
テーキを選びました。焼き具合はミディアムで。ステーキに
ワイン、ビールなどで気分が良くなってきましたが、この日
はもう一本ライブがあったのです。Roskildeの精神
科の病院でのコンサートです。これは数日前にフェスティバ
ルから急に依頼されたのですが、ギャラも出るようなので即
OKの返事。病院はフィヨルドのそばの広い敷地に多くの建
物が点在していて、とても気持ちの良い場所でした。演奏場
所は食堂のようなところ。お客さんは50人くらいでしょう
か。入院患者を中心に、その家族と職員。入院患者も普通に
普段着を着ていますので、知らずに見たら普通のコンサート
と変わりません。僕が日本で見た精神病院は大体窓に鉄格子
がはまっていましたし、中には相当ひどい病院もあると聞き
ます。Roskildeの精神病院は何というか、とにかく
オープンな雰囲気です。後ろでずっといちゃいちゃしていた
カップルが印象的でした。

 病院でのコンサートの後、フェスティバルの会場に戻りR
ed Hot Chili Peppers、Bauchkl
ang、Televisionのステージをはしご。24:
30頃宿に戻りました。びっくりしたのはオーストリアのB
auchklangといバンド。ボーカリスト6人だけでグ
ルーブ系の音楽をやるのですが、リードボーカル以外の5人
がドラム、ベース、シンセなどのパートを声で演奏。あまり
に見事で最初はカラオケを使っているのかと思いました。イ
コライザーなどのエフェクトも活用しているのでしょうが、
マイクを持った6人の男しかいないステージから生みだされ
る音楽とはとても信じられませんでした。客席も興奮状態で
アンコールの拍手が鳴り止みませんでした。

 会場を歩いていると、いろいろなところで声をかけられま
した。「さっきは見たぜ、グレートなステージをありがとう。」
会場内に東洋人はほとんどいないので目立つのでしょうが、
このように反応がストレートに帰って来るとやはりうれしい
です。

 車は今デンマークからドイツに渡るフェリー乗り場の1k
m手前、フェリーを待つ車の列の中で止まっています。デン
マークに来た時に使ったフェリーの乗り場です。実は今日の
行程を考えると別の町からドイツに出ているフェリーを使う
のが良かったのでそちらに向かったのですが、そのフェリー
は本数が少ない上に予約が必要だったようで、乗れるとした
ら4時間後の船になるだろうと言われて、こちらに回って来
たのです。だいぶ時間をロスしてしまいました。こちらのフ
ェリーは30分おきに出ているのですが、この混みようでは
乗船までまだしばらくかかりそうです。今日の目的地に着く
のは何時になるでしょうか。

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:47] 2002年07月01日(月) 02:38


2002年06月30日(日)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その6

 皆さん、お元気ですか?僕は今ドイツのGreifsWa
ldからベルリンを目指して、ドイツの国道を走っています。
道の両側はあいかわらず麦畑が広がっています。

 昨日はGreifsWaldという町の小さなフェスティ
バルに出演しました。GreifsWaldは旧東ドイツの
北部、ポーランドに近いあたりの町です。前回書いたように
フェリーの混雑などもあって開演時間の1時間後に到着とい
うことになってしまいました。もちろん途中に何度か主催者
と連絡を取っていたので、何とか出番の調整はしてもらえま
した。ちなみに移動中に活躍しているのは、マネージャーの
こぐれがこちらでレンタルした国際携帯電話。仕組みはよく
わからないのですが、ヨーロッパのどの国でも使えるようで
す。レンタル料も無料。しかし、通話料が何と1分350円
だそうです。携帯世代のこぐれは公衆電話があってもつい携
帯を使ってしまうようで、レンタルしてからの総使用時間を
表示させては憂鬱な顔をしています。最近日本の携帯電話で
海外でも使えるサービスが、一部の国を対象に始まったよう
です。早くヨーロッパでも使えるようになると良いのですが。
まあ僕は日本でも携帯持ってませんけどね。

 GreifsWaldのフェスティバルは、公園のなかに
ある古い城壁に囲まれた場所が会場でした。なかなか良い会
場です。出番を遅くしてもらったシカラムータの前に演奏し
ていたのはLecker Sachenというグループ。 チ
ラシに「フォーク・ヒップホップ」と書いてあったのですが、
確かにそのコピー通りの音楽でした。フロントにマンドリン
とベースを手にした2人のボーカル、そしてドラム、3人の
バイオリンとチェロという編成。ドラムとベースのグルーブ
系のリズムにストリングスとマンドリンのケルトっぽいフレ
ーズが乗り、そこに威勢の良いボーカルがからむという音楽。
言葉で書くときわものに聞こえるかもしれませんが、これは
相当良かったです。会場もすごく盛り上がって大ダンス大会
に。 演奏が終わると当然アンコールがかかったのですが、
「まだ次のバンドもあるから」というアナウンスが流れアン
コールは無し。会場はブーイングの嵐でした。これは次にや
るのはやりにくいです。シカラムータのこの日のステージは
30分くらい。時間も短いので、テンポの良い曲だけたて続
けにやりました。変拍子の曲が半分くらいあったので最初は
お客さんものりにくそうでしたが、だんだん盛り上がって演
奏後には「CICALA!」コール。シカラムータの後には
Nakid Ravedというオーストラリアのグループが
落ち着いて繊細なポップスを聴かせました。このグループも
ボーカル、ドラム、ギターにバイオリンとチェロが入った5
人編成。バイオリンとチェロが入ったバンドが3つ続くのも
珍しいかもしれません。

 シカラムータの前に演奏したLecker Sachen
は、2年前のヨーロッパツアーの時にRudolstadt
のフェスティバルでシカラムータを見たそうです。今回は時
間の関係でシカラムータの演奏を見られなくて残念に思って
いたら、シカラムータが遅刻したおかげで見ることができて
良かったとのこと。遅刻もいろいろです。そういえば、この
フェスティバルのシカラムータの担当者もRudolsta
dtでシカラムータを見たそうです。ただし、チェロの火花
しかおぼえていない様子。

 先ほど、アウトバーンのドライブインでワールドカップの
決勝戦を観戦しました。テレビの前に集まったドイツの人々
はじっと静かに観戦していて、「あっ!」とか「うっ!」と
か声を出してうるさかったのはシカラムータの一行でした。

 車はベルリンの市街地に入りました。遠くにアレキサンダ
ープラッツのテレビ塔が見えてきました。ここのところネッ
トに接続できない日が続いていて、この便りも手元に3通ほ
どたまってしまいました。今日から後はずっとドイツですが、
次に送信できるのはいつになることでしょう。

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:48] 2002年07月01日(月) 02:42


2002年07月02日(火)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その7

 皆さん、お元気ですか?僕は今ドイツのベルリンからHa
lleを目指して、激しい雨の中、ドイツのアウトバーンを
走っています。

 ベルリンに着いて、まず宿にチェックイン。ベルリンには
2泊するのですが、1日目はこちらで押えた安宿、2日目は
ライブ会場のCafeZAPATAが取ってくれた宿です。
1日目の宿も安宿とはいえ、天井が高く良い部屋です。ただ、
電話が無いのが残念。宿で落ち着いた後、2年前のツアーで
お世話になったベルリン在住の松並えりかさん宅に皆で遊び
に行きました。さっそく順番に電話を借りてネットに接続。
ドイツ内に僕のつなぐことの出来るコンピュサーブのアクセ
スポイントが無くなったのでアムステルダムのアクセスポイ
ントにつないだところ、メールの受信に30分かかってしま
いました。数日ぶりの接続で大量のメールが溜まっていた上
に、容量の大きなウイルスメールとHTMLメールが数通来
ていたのが原因でしょう。皆さん、よほどのことが無い限り、
メールはテキストメールにしましょうね。あと、ウイルスは
作らないこと。

 次の日の朝、大熊と二人でSFBという放送局のMULT
I Kultiというラジオ番組に出演しました。 この番組
は2年前にも出演して、確かその時は生本番に遅刻するとい
う大物ぶりを発揮してしまったのですが、また出してもらえ
るとはありがたい限り。CDから3曲かけてもらって、生演
奏で大熊とデュオを2曲。今夜のライブのプロモーションと
しては、なかなか良かったでしょう。ただ、スタジオが狭い
ので2人でやりましたが、普段バンド編成でやっている曲を
クラリネットとテューバのデュオでやると、やはりちょっと
寂しいです。

 ラジオ出演の後、1日目のホテルをチェックアウトして2
日目のホテルへ。何と「壁」の目の前です。もうすっかり無
くなったのかと思っていたのですが、残してある場所もあっ
たのですね。「壁」はきっと10mくらいの高さがあって、
絶対越えられない威圧感のあるものだと想像していましたが、
目の前にある壁は3mくらいの高さで、ところどころ接ぎめ
が崩れて隙間が開いていて、何だか貧相なものでした。ほん
の十数年前まで、この壁を越えようとして命を落とした人が
多数いるとは信じられません。

 この日のライブ会場のCafe ZAPATAは、廃墟だ
ったビルの中にあります。このビルは廃墟をアーティスト達
が占拠してカフェやバー、ギャラリーなどを作ったところで、
一種観光名所のようになっています。ただ、2年前に遊びに
来た時よりきれいになっていて、少し廃墟らしさが薄れたよ
うな気がします。とはいえ、やはり雰囲気が良い場所です。
最もベルリンらしい場所のひとつでしょう。本番は夜10時
から。平日にもかかわらず、客席はきれいに埋まっていまし
た。バーカウンターの上に何やら火を吹くオブジェがあって、
1曲終わるたびに火を吹いていたのが印象的です。我らが坂
本弘道も、負けじとばかりにいつもより多めに火花を飛ばし
ていました。

 今朝は11時チェックアウトのところ、11時5分に目が
覚めました。昨日が遅かったからなあ。ホテルに戻ったのが
3時すぎ。ベルリンの夜は遅いようです。その時間でも市電
が動いていたのにはびっくりしました。ホテルに帰ってから、
ふと思いついて2年前に使っていたベルリンのコンピュサー
ブのアクセスポイントにつないでみたら、何とまだ生きてい
ました。コンピュサーブのウェブにはもう載っていないのに。
そうか、昨日30分も国際電話をかける必要は無かったんだ。
 車はHalleに近づいてきました。今日は200kmの
楽な移動です。先ほどまで降っていた雨は止んで、太陽が顔
を出しています。そろそろ川口君に会えそうな予感もしてき
ました。

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:49] 2002年07月02日(火) 23:50


2002年07月05日(金)  関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その8

 皆さん、お元気ですか?僕は今ドイツのMarburgか
らBremenを目指して、ドイツの国道を走っています。
今日の走行距離は375km。ライブ前に走る距離としては
やや長めでしょう。

 一昨日はHalleのObjekt5という店でライブ。
外観は建物の半分が廃墟、建物の中は高い天井とこじんまり
したステージにかかる赤いカーテンが何となくアメリカ南部
の芝居小屋のようです。中庭もあって、なんとも良い雰囲気
の店でした。食事もおいしかったです。この日のライブは結
構ラフな演奏、特にインプロの部分は毎日やっているとどう
しても長くなってきます。客席はそこそこ埋まっていました
が、わりと静かなお客さんでした。年令層もやや高めだった
か。日本からの留学生のグループも来ていました。

 昨日のMarburgはKFZというお店。シカラムータ
がドイツ盤を出しているレーベルのある町だけあって、お客
さんもかなり入りました。お客さんの反応も良かったです。
この日は楽屋にケータリングがあったのですが、メインディ
ッシュは野菜と鳥肉の炒め煮とライス。ドイツに入ってから
吉田とこぐれはアイントホーヘンのアジア食材屋で買った本
だしを持ち歩いていて、いろいろなものにふりかけています。
当然今日の料理にも本だし。吉田は勢い余ってヨーグルトに
も本だしをかけていました。隣で食事をしていたPAのエン
ジニアが不思議そうな顔をしていたので、「ジスイズジャパ
ニーズフィッシュブイヨン」と味見をさせたら、ゲラゲラ笑
いだしました。

 ヨーロッパに来てから、気がついたことがひとつ。こちら
のエレベーターには「閉」ボタンがありません。あれを押す
のはせっかちな日本人だけなのか。僕もなるべく「閉」ボタ
ンは押さないようにはしていますが、それでもついつい押し
てしまいます。

 ベルリンを出てから連日の移動とライブ。皆少々疲れてき
ています。しかし、あと2本。もうすぐツアーも終わります。
川口君は登場しないのかな?

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:50] 2002年07月05日(金) 11:49


2002年07月06日(土)  関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その9

 皆さん、お元気ですか?僕は今ドイツのBremenから
Duisburgを目指して、ドイツのアウトバーンを走っ
ています。前の席には何と川口君が座っています。やっぱり
川口君は来てくれました。

 Bremenのライブ会場Kulturzentrum
Schlachthofは高い煙突のある古い工場の建物を
利用して作られています。赤いレンガの趣のある建物でした。
何の工場かと思ったら、どうやら牛などの屠殺場だったよう
です。今回も前回も、ヨーロッパで演奏したライブハウスは
工場や倉庫などの古い建物を利用したところが多いです。建
物の耐用年数が長いのでしょうか。

 同時期に渋さ知らズでヨーロッパを回っている川口君が、
7月2日から5日までOFFをもらったのでシカラムータに
遊びに行くかもしれない、という書き込みをシカラムータの
掲示板にしていました。いつ登場するかと待っていたのです
が、この日も本番前になっても現われません。もはや川口神
話も崩壊かと皆で嘆き、本番のステージへ向かいました。し
かし、1ステージ目が終わって楽屋へ戻ると、楽屋の中でデ
ジカメを構えて、戻って来るメンバーを撮影している人物が
います。む、ひげ‥‥、川口君です。楽屋は一気に華やかな
雰囲気に包まれました。ケルンに滞在中の渋さ知らズから一
人離れて、ドイツ国鉄が誇る超特急ICEでブレーメンまで
来てくれたとのこと。さっそく2ステージ目にゲスト参加し
てもらいました。ライブ後は遅くまでホテルの部屋の冷蔵庫
の酒で打ち上げ。やっぱり旅先で川口君に会わないようでは、
真の海外ツアーとは言えないでしょう。

 今日はブレーメンを少し歩いてから出発。ブレーメンは2
回目ですが、古い町並が美しい。もう少しゆっくりしたかっ
たです。川口君から提案のあったBecksビール工場見学
も行きたかったし。川口君はDuisburgまで車で一緒
に行って、そこから鉄道でケルンに戻り、渋さ知らズに合流
するそうです。川口君に会えたおかげで、旅の後半が締まり
ました。長かったツアーも明日のDuisburgのフェス
ティバルで最後となります。

 それでは、またお会いしましょう。


※文中の敬称は省略してあります。
※僕の能力では、ヨーロッパから掲示板に書き込めないので、
近藤君の力を借りています。

[link:51] 2002年07月06日(土) 09:55


2002年07月09日(火)関島岳郎のヨーロッパ便り2002 その10

 皆さん、お元気ですか?僕は今ウィーンから成田に向かうオーストリア航空の飛行機の中にいます。飛行機は日本人の団体で満席。機内では本日付けの日本の朝刊も配られ、昼のNHKのニュースも上映され、ほとんど日本に着いたようなものです。

 一昨日、川口君と共に17:00頃Duisburgに到着しました。Duisburgで出演するのは、2年前のツアーでも演奏したTRAUMZEITというフェスティバルです。会場は2年前と同じ、製鉄工場の廃墟をそのまま利用した公園。会場脇のユースホステルにチェックインした我々は、フェスティバルの受付を済ませ、どこでも入れるアーティストのパスをもらいました。早速ケータリングルームで食事。あれ、川口君、まだ大丈夫なの?今日の深夜3時にケルンを出発なので、まだ大丈夫なんです。なるほど、一緒にタダ飯食おうよ。食事の後、みんなで製鉄所跡のおそらく溶鉱炉だった高い建物に登ってみました。階段は踏み板しか無いので、段と段の間から下が見えます。高さは70mくらいだったか。かなり高度感があって、高所恐怖症の大熊は足がすくんでいました。その後川口君とお別れ。しかし、川口君を駅まで送っていった大熊によると、「駅前にいいビールを飲ませる店があるんです。」と川口君、電車が来るまでの間二人でビールを飲んでいたそうです。あれ、川口君、この町来たことがあったんだ。僕は川口君と別れた後、フェスティバルの会場でJoachim Kuhns Projekt”Zeitgeschehen”とOregonを見てECM漬けになる。

 次の日、朝11時からサウンドチェック。しかし、ホテルのチェックアウトは9時。さすがユースホステルはチェックアウトが早い。サウンドチェック後は今日の宿に移動、これはフェスティバルが取ってくれた四つ星ホテル。このホテル、2年前にも泊まったのですが、その時は朝の出発が早かったので、朝食が食べられなかった。しかし、出発まぎわに食堂に準備されていた朝食は、前回の1ヶ月半のツアーで一番豪華な食事でした。それがちょっと心残りだったので、今回同じ宿に泊まれて良かった。えーと、朝食は何時からですか?ふむ、6時半。待てよ、明日はフランクフルトを午前中に出る飛行機に乗るということは、宿を何時に出るかというと‥‥、む、また朝食が食べられないのか。

 さて、シカラムータのこのツアー最後のステージは、2年前と同じく工場の廃墟の中のステージ。この日の最初はEgschiglenというモンゴルのバンド。馬頭琴や揚琴、打楽器のアンサンブルと歌のグループ。コントラバスのようなベース馬頭琴(?)や白鳥の形をした鳥頭琴(??)なども目をひきましたが、やはりホーミーが一番受けていたようです。シカラムータのステージでも、太田、大熊、坂本は倍音唱法を使っているので、かなり刺激を受けた様子。「太田さん、今日はホーミーやりまくるしかないですね。」と坂本。2番目の出演はYungchen Lhamoというチベット出身の女性歌手。このステージは楽屋にいて見られなかったのですが、アカペラでスピリチュアルな歌を聴かせていたらしい。そして最後がシカラムータ。17:15からの予定が、前の演奏が短かったのか、17:00頃突然司会者に「シカラムータ!」と呼び込まれました。あわてて出ていったためか、前半はちょっとぎくしゃくした演奏だったかもしれません。会場でモンゴルのバンドの人が見ているのを発見した太田は、倍音唱歌をやらずじまい。坂本もそれを受けていつもより控え目なホーミーでした。しかし、坂本はこの日、新しいチェロの演奏法を本番中に発見。他のメンバーもびっくりしました。それがどんなものかは、ここには書かないでおきましょう。いずれライブで見られると思います。ただし、条件の整った場所でないと出来ない奏法なので、いつでも見られるわけではありません。

 この日の本番後にアーティスト写真を撮りました。背景には事欠かない公園ですので。ただし、撮影はこぐれみわ、機材はデジカメ。どんなふうに写ったんでしょう。

 夜は別のステージでMardiGras.BBとWilly Devilleを見ました。MardiGras.BBはニューオリンズスタイルのブラスバンドですが、ボーカルとターンテーブルが入っているのがちょっと変わっています。この手のブラスバンドの中では、今風の音とノリのバンドかも知れません。スーザフォンの低音とリズム感が素晴らしい。Willy Devilleは何の予備知識も無く見たのですが、良かったです。日本では知る人ぞ知る存在なのかもしれません。今回のメンバーで川口君だけが知っていました。パンフレットのアーティスト写真はなにやらドラキュラの扮装をした人物が写っています。実際のステージでもタキシードに長髪に口ひげと吸血鬼、あるいは没落貴族風。バンドを従え、本人は椅子に座って、常に煙草をふかし、シャンパンを飲みながら歌っています。見た目はかなりうさんくさいのですが、音楽はかなり良いです。僕には、アメリカ南部の音楽のミクスチャーにトム・ウェイツの風味が加わったようなものに聞こえました。バンドはパーカッション、ギター、ベース、コーラス2人。音数は少なめ。そして、僕等はWilly Devilleのアンコールが始まる頃に会場から宿に戻り、ツアーは全日程終了しました。

 さて、ヨーロッパに行ったら、日本に帰って来なければなりません。これが一仕事。帰路はばらばらで、まず大熊、太田、吉田、こぐれは車でフランクフルトへ。レンタカーを返した後、大熊はモノノケサミットのフランスツアーに参加するため電車でフランスへ、他の3人は成田へ直行。坂本はデュッセルドルフまで電車で行って、飛行機でベルリンへ。そして、桜井と僕は行きにウィーンから入った関係で、帰りもフランクフルトからウィーン乗り替えで日本に帰ります。他のメンバーより飛行機の時間が早いので、2人だけ鉄道でフランクフルトへ行きました。宿を出てから家まで23時間ほどの行程です。とりあえず今朝は宿を6時頃出発したのですが、駅への到着がちょっと遅れてしまい、予定の電車に乗れませんでした。30分後の列車に乗り、さらにマインツで乗り替え。電車が走っているうちに20分ほど遅れて、フランクフルトにオーストリア空港カウンターに着いたのは出発1時間前くらいだったと思います。飛行機のチェックインをしたら、今度は楽器の心配です。成田で、帰りは絶対機内に持ち込めないだろう、と言われていましたから。結果から言えば、僕にとって検問は5か所くらいありましたが、誰にも何も言われませんでした。フランクフルトからウィーンの便は飛行機が小さくて棚にテューバが載らなかったので、座席でかかえていましたが、それでも何も言われなかったです。まあ今回大丈夫だったから次も大丈夫とは限りません。ハードケース、やっぱり必要だなあ。

 今回のツアーは20日間14公演。必要な移動日以外はだいたいライブで埋まって、効率は悪くなかったと思います。ただ、今回はライブハウスの公演が多かったので、動員や収支で厳しいものもありました。しかし、ライブハウスのオーナーは皆とても喜んでくれて、また来年会おうと言ってくれたのが何より。実際Duisburgのフェスティバルなどは、2年前に続いて声をかけてくれました。いずれベンチャーズのように、1か月ツアーをして1年分稼ぐことが出来たらいいのだけどなあ。

 それでは、またお会いしましょう。

※文中の敬称は省略してあります。
※6月にアップした回文ギャラリーで、載せる過程で一語削れてしまった箇所がありました。つまり、回文になっていないと。ツアー先では何ともできなかったので、家に帰ってから過去ログを地味に修正しました。

[link:52] 2002年07月09日(火) 02:13


2002年07月19日(金)楽屋移転

このたび栗楽屋の移転に伴って、CGIのプログラムもバージョンアップ、いろいろ使い易くなりました。U5さん、ありがとう。写真のアップもしやすくなったので、移転記念に風景写真でも載せてみましょう。使用カメラはオリンパスPEN。

53.jpg 311×440 (original size)

[link:53] 2002年07月20日(土) 00:15


2003年01月01日(水)年頭の反省

 みなさん、あけましておめでとうございます。今年も
いろいろなところでお会いすると思いますが、よろし
くお願いします。

 さて、今日の前に書いたのはいつだ?…7月19日
だ。大反省。スリルのサイトで日記を書いていたとは
言え、これはひどい。最近スリルのサイトを置いてあ
るレンタルサーバーのデータが消える事件があって、
スリルのサイトは現在復旧作業中。今度はこちらで日
記めいたことを書いてみるのもいいかもしれない。と
りあえずこれから帰省するので、東京に戻って来たら
考えよう。

[link:54] 2003年01月01日(水) 15:04


2003年01月12日(日)パスカルズのメンバーになった

 鎌倉芸術館小ホールで友部正人さんの30周年記念コンサートに出た。他のメンバーはムーンライダースの武川さん、たまの知久君、シンガーソングライターで東京中低域の水谷さん、パスカルズ等の横沢龍太郎さん、前に会った時はバンバンバザールだったクラリネットの安藤君、そして音楽監督のロケットマツさん。全体は3部構成で、第2部がこの一夜限りのスペシャルバンドの伴奏。第1部と第3部は弾き語りを基本に、時々ゲストが加わる小編成で進行。どの部も普通のライブ一本分くらいの質と量があったような気がする。始まったのが16時05分で、終ったのが20時45分頃。この長丁場を歌い切った友部さんはすごいと思った。そして、久しぶりに友部さんと一緒にやって、僕はやっぱり友部さんの歌が好きなのだと確認した。

 MCでメンバー紹介のロケットマツさんの番の時、友部さんが「今回一緒にやってみて、ロケットマツがやることはすべてパスカルズだということがわかりました。今日のバンドもパスカルズです。」と紹介。そうか、すると僕もパスカルズのメンバーだ。

[link:55] 2003年01月13日(月) 23:42


2003年01月13日(月)合い言葉は「ひげ」だった

 19日のコブラのリハ。チェロの坂本さんがひげをきれいさっぱり剃り落として
いて、衝撃を受ける。

[link:56] 2003年01月14日(火) 23:18


2003年01月14日(火)去年はどんな1年だったか

 例によって昨年1年間のデータを集計してみた。

◎ライブ

 全部で139本あった。上位10バンドを並べてみる。

 こまっちゃクレズマ     28本(含むパーティ3本)
 シカラムータ        28本(半分はヨーロッパツアー)
 酒井俊           15本(1本をのぞいてあとは四丁目ばんど)
 栗コーダ−カルテット    15本
 指輪ホテル          8本
 ポルノグラフィティ      6本(うち2本はテレビの公開収録)
 スリル            5本(含むパーティ1本)
 大原裕            5本(うち1本は大原抜き)
 関島+桜井          4本
 加藤千晶           4本

◎レコーディング

 レコーディングに出かけた日は59日。しかし、そのうち26日が大工さんのレ
コーディングだった。

◎リハーサル

 全66本。そのうちSEISHOスタジオでのリハは29本。

 まとめると、1年のうちこまっちゃクレズマとシカラムータのライブを約1ヶ月
ずつやって、俊さんと栗コーダ−で1ヶ月、大工さんのレコーディングを1ヶ月、
そしてSEISHOで1ヶ月リハ。これで5ヶ月。1年は短いなあ。

[link:57] 2003年01月14日(火) 23:19


2003年01月15日(水)新年会ライブ

 JIROKICHIでこまっちゃクレズマの新年会ライブ。ライブ前に久しぶりにニューバーグへ行って夕食を取る。あいかわらずめちゃくちゃ安い。ライブ後はそのままJIROKICHIで飲むが、ここの焼酎は、ストレートで頼むとグラスになみなみと注いでくれる。調子にのって飲んでいたら、あっという間に酔ってしまった。

[link:58] 2003年01月17日(金) 13:37


2003年01月16日(木)URCレコード

 ヤマハのアトリエに調整に出してあった楽器を受け取りに行く。主管を切ってもらったにも関わらず全然痕跡を残さない、見事な技術だった。夕方から渡辺勝さんのレコーディング。今回のアルバムは、URCレコードのいろいろなアルバムの中の曲のカバー集。今日録音した曲は、はちみつぱい、早川義夫さん、あがた森魚さん、休みの国など。どれも良い曲だったが、初めて聞いた休みの国の曲がとても良い曲だった。あんな歌詞を書いてみたい。

[link:59] 2003年01月17日(金) 13:38


2003年01月17日(金)iBookがやって来た その1

 今までにも何度か書いたが、僕の持っているパソコンは古いものばかりだ。数は多いのだが、何しろCPUが80186,80286,89486という有り様。最速のマシンが601の66Mhzを積んだPowerMac6100だ。それでも普通に文章を書いたりメールを出したりする分には不便はないのだが、最近コンピューターでオーディオを扱いたい欲求が出てきた。オーディオデータを扱うのにはうちのマシンではあまりにも非力なので、たまには新機種を買ってみることにした。いろいろ考えた末、iBookの12インチ、 800Mhzのものにする。今となってはG3800MHzは決して速くないが、現行のMacintoshのデスクトップにそれほど惹かれないのと、コストパフォーマンスの良さ、ツアーに持って歩けることなどで、iBookに決定した。これで追い付かなくなったら、デスクトップを買えば良いだろう。

 夕方にiBookが到着した。荷物が2つ。大きな箱がiBookで、小さな箱はキャンペーン価格で購入したOfficeXだろう。その小さい箱を持って、軽さに驚く。開けてみると、薄っぺらなインストールマニュアルとCD-ROMが一枚入っているだけだ。マニュアルはPDFで供給されているようだが、エクセルのマニュアルくらい手元に置いておきたい気がするなあ。iBookの箱を開けて、またびっくりする。30ページくらいのカタログ風のマニュアルしか入っていない。Macを使う人は大体マニュアルを読まないのだが、それにしてもこれではなあ。

 早速起動する。OSXが立ち上がるが、とりあえず6100で使っていたデータなどを移すので、起動ドライブをOS9にする。設定をしていて、思い出した。プロバイダーのパスワードがわからなくなっていたのだ。まあ、設定ファイルを6100から移せばいいだろう。まてよ、SCSIもフロッピードライブも無いiBookにどうやってファイルを移動させるんだろう。そうだ、イーサーネットで移せばいいんだ、6100にもそれらしき端子があったはず。明日近所のヤマダ電気にケーブルを買いに行こう。 (続く)

[link:60] 2003年01月19日(日) 02:16


2003年01月17日(金)iBookがやって来た その1

 今までにも何度か書いたが、僕の持っているパソコンは古いものばかりだ。数は多いのだが、何しろCPUが80186,80286,89486という有り様。最速のマシンが601の66Mhzを積んだPowerMac6100だ。それでも普通に文章を書いたりメールを出したりする分には不便はないのだが、最近コンピューターでオーディオを扱いたい欲求が出てきた。オーディオデータを扱うのにはうちのマシンではあまりにも非力なので、たまには新機種を買ってみることにした。いろいろ考えた末、iBookの12インチ、 800Mhzのものにする。今となってはG3800MHzは決して速くないが、現行のMacintoshのデスクトップにそれほど惹かれないのと、コストパフォーマンスの良さ、ツアーに持って歩けることなどで、iBookに決定した。これで追い付かなくなったら、デスクトップを買えば良いだろう。

 夕方にiBookが到着した。荷物が2つ。大きな箱がiBookで、小さな箱はキャンペーン価格で購入したOfficeXだろう。その小さい箱を持って、軽さに驚く。開けてみると、薄っぺらなインストールマニュアルとCD-ROMが一枚入っているだけだ。マニュアルはPDFで供給されているようだが、エクセルのマニュアルくらい手元に置いておきたい気がするなあ。iBookの箱を開けて、またびっくりする。30ページくらいのカタログ風のマニュアルしか入っていない。Macを使う人は大体マニュアルを読まないのだが、それにしてもこれではなあ。

 早速起動する。OSXが立ち上がるが、とりあえず6100で使っていたデータなどを移すので、起動ドライブをOS9にする。設定をしていて、思い出した。プロバイダーのパスワードがわからなくなっていたのだ。まあ、設定ファイルを6100から移せばいいだろう。まてよ、SCSIもフロッピードライブも無いiBookにどうやってファイルを移動させるんだろう。そうだ、イーサーネットで移せばいいんだ、6100にもそれらしき端子があったはず。明日近所のヤマダ電気にケーブルを買いに行こう。 (続く)

[link:61] 2003年01月19日(日) 02:16


2003年01月18日(土)iBookがやって来た その2

 近所のヤマダ電気でイーサーネットのクロスケーブルと、ついでにUSB接続のマルチカードリーダーとCDRのディスクを買ってくる。今までUSBともCDRとも無縁だったからなあ。さらについでにLINUXのザウルスを触ってきた。キーボードがいまいち。家に帰って、まず、このiBookにはOS9のインストールディスクが付いていないので、初期状態のシステムフォルダーをCDRにバックアップしてみる。意外と時間がかかる。CD焼くのは市販のソフトを使った方が速いのだろうか。そして、6100とイーサーネットで接続を試みるが、6100のコネクターは何やら変わった形をしている。買ってきたケーブルに付いている一般的なLANのコネクターは入らない。慌てて、何かとお世話になっている「最強の6100を作る会」のWEBで調べてみる。するとこの機種のコネクターはアップル独自規格らしく、アダプターが必要とのこと。うーん、そんなもの今でも売っているのか?しかし、困った。とりあえず、今買ってきたUSBのカードリーダーを活用してみることにする。まず6100からフロッピーでウィンドウズ95が入っている98ノートへ。そこからコンパクトフラッシュでiBookに移そうという算段。これはうまくいった。しかし、OSが8.1と9.2という違いがある。今までインターネット接続にはPPPというコントロールパネルを使っていたが、9.2にはPPPというものは無いようだ。その後しばらく試行錯誤。そして、今iBookでこのコーナーを書いている。快適。回線速度は同じなのに、随分ネットが速くなった。ブラウザーの「戻る」ボタンの存在理由がようやくわかった。

[link:62] 2003年01月19日(日) 02:19


2003年01月19日(日)コブラにて

 ラ・ママでコブラのシカラムータ部隊。今回は経験者が多く、いろいろな場面があった。もっともこの部隊の特徴として、独特のまったりした感じは常にあったが。個人的には、坂本さんに火花を出させ過ぎた。エンドピンが心配だ。しかし、その場の思いつきだったのだが、グラインダーのドローンは実に音楽的だった。やはり坂本さんが演奏するとグラインダーも楽器なのだと改めて認識した。

[link:63] 2003年01月20日(月) 04:26


2003年01月20日(月)初ミーティング

 近藤宅で栗コーダーカルテットの本年初ミーティングをする。意外と進んだような気もするが、前半近藤君が最近購入したReaktorで盛り上がってしまったためか時間が足りなくなり、次回ミーティングの日を決めて終わる。Reaktorは面白そうだ。電子ブロックのように部品を組み合わせて、シンセやエフェクター、サンプラー等が作れるソフト。同様のソフトにMaxがあるが、Maxよりも楽器寄りだ。「やや欲しいものリスト」に加えておこう。

[link:64] 2003年01月22日(水) 01:18


2003年01月21日(火)30年以上前のスピーカー

 仕事部屋のリニューアル中。ずっと使っていなかったビクターの古いスピーカーを久しぶりに配線して鳴らしてみる。聞きやすい良い音だ。物心ついた頃から家にあったスピーカーを実家から持って来たものなので、子供の頃から聞き慣れた音なのだろう。リスニング用はこのスピーカーでいこう。僕はたぶん上も下もあまり出ていないぼそぼそした音が好みなのだろう。

[link:65] 2003年01月22日(水) 01:20


2003年01月22日(水)LPレコードとOSX

 昨日古いスピーカーをセットアップしたついでに、今日はレコードプレーヤーも使えるようにしてみた。レコードプレーヤーの弱点は、使うためには上に物を置けないことだ。久しく使うことを放棄して物置きになっていた。久しぶりにLPの音を聞くと、やはり良い。ロバートフリップ&ブライアンイーノ、ジャンゴラインハルト、トムウェイツ、メンフィスジャグバンドなど、懐かしいレコードをとりとめもなくいろいろ聴いてしまった。

 iBookはもっぱらOS9で使っているが、今日はOffice v.XをインストールしたついでにOSXをいじってみる。UNIXの知識があれば遊べそうな気がする。iBookでも重い印象は無かった。今までの環境がとにかく遅かったので、今はどんなソフトでも動作が軽快に感じる。ずっと愛用しているJeditのver1など、アイコンをダブルクリックした瞬間に新規テキストが開かれている。miなども機能は優れいているが文章を書くには動作が重すぎると思っていたのだが、今は十分な速さで動く。やっぱりコンピューターはスピードも大事だなあ。

[link:66] 2003年01月23日(木) 00:15


2003年01月23日(木)新趣向

 1月29日のスリルのライブ用のリハ1回目。今回はライブの曲順を考えるのに、まずストーリーを決めてみることにする。それには、まず配役からだ。スマイリーが仕切り始める。舞台はナチ占領下のパリ。まず石川が探偵。岡部はバーテン、しかし実は影のフィクサー。岡部の情婦がyukarie、小泉がチャーチルでスマイリーがマッカーサー、レジスタンスが普段は新聞記者の関島と普段は印刷工のGAKUと元サッカー選手のGYO、ナチス親衛隊は澄田、口の軽い殺し屋がロベルトで無口な殺し屋がSASUKE、アフリカ移民の麻薬密売人の横山、チンピラのゲンショウ、謎の日本人の平田、そしてナチスの女RIEZ。ストーリーはフランス人石川とナチスの女RIEZの禁じられた恋の物語だ。構想はどんどん膨らむ。やっぱり舞台はキャバレーでさあ(中略)、カサブランカのあのシーン憶えてる?(中略)とこれをスリルの曲で表現するには(中略)。ところで、リハはあと何回だっけ?え、あと1回?…普通にやりますか。

[link:67] 2003年01月24日(金) 00:51


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